万有回

主に趣味の読書について綴っていければと思います。「昭和の残り滓」といわれる世代。

早池峰山のヒメコザクラ

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 この時期にしか咲かないヒメコザクラを見たくなって、早池峰山へ。小田越付近の駐車場に車を停められるか心配していたが、山開き前ということもあってか、無事停めることができた。

 一合目御門口から上を見上げ、ハイマツ帯と蛇紋岩の織り成す風景を見て、子どもの頃を思い出し、すごく懐かしい気分になった。

  早池峰山は嘗ては女人禁制の霊山でもあり、科学的にも歴史的にも未だに解明されていない不思議なことばかりだ。特に、今回は登りながらやたら思索的になってしまった。でも、それは宇宙の摂理に庇護された安全圏だから出来ることなのだ。――というのも、ジャック・ロンドンによると、「不死」や「宇宙における人間の位置」などという観念に至らないくらい、地球の末端は壮絶だ。この球体が宇宙から翻弄され、攻撃を仕掛けられるということに全く気付かないくらいなのだから。

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 五合目の御金蔵。ここで願い事をすれば金運に御利益がある、といわれるスポット。せっかくなので手を合わせて祈願する。積み上げられた岩のかたちが金に見えてくるのが不思議。残念ながら、イワウメはまだ咲いていなかった。

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 天候も良く、竜ヶ馬場から後ろの薬師岳がくっきりと見渡せた。

 ここが「竜ヶ馬場」というところだと、子どもの頃に一度聞いてから忘れられなくなった。他の場所は大体想像できる名前だが、なぜここだけ「竜」という言葉が宛がわれたのか、非常にミステリアスにおもえてならなかった。

 ちなみに、賢治は「花鳥図譜、八月、早池峯山巓」で、雷鳥に似ているもので、何か哺乳類のような生物が早池峰山に存在している、という内容の詩を書いていた。*1

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 念願のヒメコザクラにも、たくさんお目にかかることができた。サクラソウの仲間だが、絶滅危惧種のため、いまでは早池峰山でしか出会えないようである。小さな花弁がとても可愛らしかった。ヒメコザクラのほか、ミヤマキンバイも咲いていた。

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 よくある構図の写真だが、八合目あたりの鉄梯子。鉄梯子が架けられているこの巨岩は、「天狗の滑り岩」と呼ばれている。

 余談だが、先日、白川静の「常用字解 第二版」を読んでいたら、こざと(阝、もとの形は「阜」)は元々、神が天に陟り降りする時に使う梯のかたちであるとの説があった。この鉄梯子を上りながら、それをふと思い出した。たとえば、「陵」というかたちは、天から降りてきた神霊を迎えて祀る建物を示しており、山が平地に近づいた地勢のところに設けられたため「おか」の意味となったのではないか、とのことだった。

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 山頂の避難小屋までの道には、まだ雪が残っていた。この雪の道を靴の裏で踏みしめたり、滑ったりするのがすごく楽しかった。ここをさーっと滑れたら気持ちが良いだろうな、と思う。が、スキーもパラレルすらできないし、8の字の直滑降になってしまうレベルなので、現実的ではない。

 以前、日の出前に登山した時、雪庇が仄かに青く透明に光ったことがあった。賢治も、「柳沢」という短篇で、夜明け前にオーロラのように岩手山の山頂が光り輝く様子を見て、「さあみんな、祈るのだぞ」と、以下のように法華経の開経偈を唱えるくだりがある。

 ≪無上甚深微妙法/百千萬劫難遭遇/我今見聞得受持/願解如来眞實義≫

 開経偈というのはお経の前に唱える宣言のようなものであるらしく、賢治にとって岩手山の仄暗く光りはじめる不可解な現象は、神秘的な霊的体験に他ならなかった。

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 早池峰山山頂で、中岳・鶏頭山を眺めながらランチタイム……! 残り物の乃が美の食パンで作った卵サンドイッチと、適当に野菜を入れて作ったポタージュスープ、クリーム玄米ブランなどを食べた。クリーム玄米ブランのほかにも、ソイジョイ、1本満足バー、カロリーメイト系は、持ち運びやすく食べやすいので重宝している――。

 あと、コンビニ食でいうと、今回は食べなかったが、ナチュラルローソンシリーズのプロテイン入りのソイクランチチョコにもハマっている。デザート系では、色々試したなかで、セブンイレブンの「ギリシャヨーグルトはちみつ」が個人的に一番美味しかった。あと、ファミマのライザップのサラダチキンバーも重宝しているが、縦長でザックに入れて持ち運びやすいし、シチリア産レモン味で食べやすく国産の鶏肉を使用しているので安心。(ここでバラして申し訳ないのですが、他のコンビニのサラダチキンって実は国産ではないんですよね……( ;∀;))

 早池峰山頂上から概ね5時間かけて、中岳・鶏頭山を縦走するルートがあり、それもずっと気になっているが実現できていない。体力的には筋肉痛もなく余裕だったので、ぜひ次回こそは挑戦してみたい。

 下山後は、ボン・ディアのソフトクリームで乾いた喉を潤した。早池峰山に登るのは3度目だが、以前もこの店に寄ったのだった。

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*1:賢治は、早池峰山だけでなく岩手山についての詩も遺している。1914年、発疹チフスの疑いで入院した時、真っ白な髭をはやし、白い着物をきた岩手山の神がお出になって、手に持った剣で何度も腹を刺されるという霊夢を見、その後高熱が下がったという話もある。また、河原の坊についての詩においても、「ここに棲んでいた坊さんは/真言か天台かわからない」などと書き、山岳がいわゆる宗教的なトポスとなっていたことが窺える。当時はまだ、早池峰講などの山岳信仰も存在していた時代であり、賢治にとって岩手山早池峰山は神聖な霊山という認識だったのかもしれない。

深夜焼肉の誘惑

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 GWは東京や新潟へ行ったり、地元で過ごしたりしたが、旅行先に住む友人や帰省する友人と会うとなると、決まって深夜まで遊び耽ることとなる。焼肉を食べたり、ファミレスへ行ったりするのだが……、そこで待っているのが「深夜メシ」における禁断の悦楽である。

 なかでも、焼肉を食べようと画策したのは、夜12時を過ぎた後だった。しかも、その前に洒落たバーへ行って、酒を飲んだ後の締めとして。ささやかな罪悪感と後悔の念を抱くも、夜中にほとばしる肉汁の誘惑には勝てない。

 ふだんは寝静まっている深夜の時間帯に、重い扉の向こう側でA4ランクの黒毛和牛を焼き、齧りつくという非日常。矛盾しているようだが、ふだんは糖質やたんぱく質などを気にし、意識的に食事制限しているのだが、GWという非日常においては完全に意識の箍がはずれてしまう。だが、夜の焼肉にかんしては、やはり友人との凝縮した会話の内容にしても、あるいは酒を愉しむという意味でも、昼間に食べる焼肉とは違う魅力があるのは事実のようである。

 以前、なにかで角田光代トルーマン・カポーティティファニーで朝食を』を評していた文章を読んだ記憶があって、そこではこう書かれていた。朝食というのは、歯を磨いて顔を洗うという忙しなさの延長にある日常の行為であるが、昼食や夕食はわりと余裕がある中で味わうことのできる非日常である、と。だからこそ、ホテルや旅館の朝食には突然もたらされた非日常に心ときめくのである。小説のなかで語り手とホリーが憧れのティファニーで朝食をとらずにマティーニを呑んだり、気を衒ったり趣向を凝らした料理ばかりを頼むのは、要するに「非日常の愉悦」を味わおうとしているのである、と。

 だが、深夜メシというのは、1日3食というサイクルの埒外にある禁断の愉悦に違いない。たとえば、築地の河岸の人や料理人が日の出前に食べる、刺身や焼き魚などの豪華な定食というのは、気を引き締めるという意味においても特別であり、普通の人にとっての「朝食」の概念と遠くにあるものだろう。まだ日の出前の、外が暗いなかで腹ごしらえをすることが僕はずっと羨ましいと思っていた。それは何だか特別な感じがして、日常のサイクルの埒外にあるということが羨ましかったのだと思う。そういうことからしても、深夜メシを食べるというのは、日常的に健全な生活を送っていては得られることのない禁断の果実であり、それまでに味わったことのない愉悦を味わう気分だった。それどころか、よりによって「焼肉」という最も高カロリーなものを頬張るというのはかなりの罪悪感が圧し掛かるとともに、至福の瞬間だった。

 本当に矛盾しているようだが、その時私の鞄のなかには、図書館で借りた「禅僧ごはん」の本が入っていた。精進料理とは食べてはいけないものがある=食べ物に感謝していただく、ということであり、肉・魚介類・卵・大蒜・ねぎ・韮・玉ねぎ・らっきょうは食べてはいけない。動物性の食材を使用しないのは、「不殺生」という仏教の観点によるものであり、「五葷」と呼ばれるネギ科ネギ属の野菜、大蒜や韮も性欲を刺戟するということで食べないのだ、と書かれている。仏教の教えというのは、美味しいものを食べたいという欲望から離れ、不自由における自由を愉しむということなのだろう。これだけ食に対して意識的だったにもかかわらず、深夜焼肉という禁断の領域へ足を踏み入れてしまったことを反省し、明日からしばらく1日1食にしようと心に誓う。

大槌城址

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 きょうは、4月下旬とは思えないほどの蒸し暑さだった。外の温度計は、31℃という数字を映し出していた。

 知人と大槌城址付近を散策。桜の花も殆ど散ってしまい、新緑の若葉が青々しい。いまや城内には誰の姿もなかったが、2週間ほど前なら大勢の花見客で賑わっただろう、と思い浮かべてみる。

 「大槌城址」という石碑のある広場へ着き、さらに市内を一望できる高台へと上ったあたりで、ウォーキングをしていた高齢の方に話し掛けられた。ウォーキングを趣味とする78歳の方で、あそこが私の家なのです、と大ケ口方面を指さす。うちのおばあさんもおじいさんも津波で流されてしまって、ハザードマップでも浸水しない区域のはずだったのですが……。

 ――でも、亡くなった方には申し訳ないですが、津波が来てある意味では良かったのかもしれませんよ、と彼が突然ふっきれたように語り出したので、驚いた。しばらく間をおいてから、なるほど、そういう考え方もあるのですね、と返すと、彼は更にこう続けた。

 ――こうやって高台までウォーキングしてきて、こうやって市内を一望すると、ああこんなに町が変わってきているんだなあと実感しますね。ほら、あそこにインターが出来てきているでしょう。もうすぐ完成すれば、釜石や宮古までも2~30分で行けるでしょう。私が生きている間に実現するかどうか知りませんが。もしかしたら見れないかもしれない、私は延命治療だけはしないでくれ、と家族に伝えてあるので……。

 たしか釜石北ICと大槌が結ばれるのは平成31年度ですよね。そう訊くと、彼は感慨深そうに頷く。もうすぐの開通ですからきっと見れますよ、と言うと一瞬目を輝かせたが、こう言った。

    ――けれども、見れなかったとしても別に私は何の後悔もないのですよ。私はウォーキングという趣味で人生を愉しんでいますし、ここから見えるすべての山を制覇し、何度もウォーキングし尽くしました。それに、明日も市内を10km歩くイベントに出ます。ながく趣味に没頭できるというのは意義のあることですよ。……そもそも、亡くなった方の行動検証をしている人びともいるらしいですが、それをして何になりますか、生き延びた方の行動を検証すべきでしょう、と言いたいですね。

 そこまで話し終えると、それでは、と言い残して彼は去っていった。威勢のよい話し方とは裏腹に後ろ姿は華奢で、シャツの背骨がくっきり透けて見えていた。

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 それから、4時間くらい市内をウォーキングした。暑さの割には、心地よい風も吹いていたためか、汗ひとつかかなかった。上町の小鎚神社で、休憩がてら何枚か写真を撮った。男子中学生の集団が、自転車や地べたに座ってゲームをしていた。なぜか、みんなGokuriのピーチ味を手に持っていたのが気になった。

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 ランチは、知人の勧めで、シーサイドタウンマストにある千勝という定食屋へ。数限定品の千勝定食、きょうはサンマのフライだった。まだ残りがあるようなので注文。しばらくして番号を呼ばれ、料理を取りに行く。席に戻った後、知人からドレッシングはセルフで、レジの横にあると言われ、再度レジまで取りに行く。何もいわずにポン酢ドレッシングを取ろうとしたところ、――サンマは醤油が合うと思います、と優しい声で教えていただいたので、サンマにも野菜にも醤油をかけて食べた。

春の万寿山

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  今年も春の万寿山に登ったが、多くの登山者で賑わっていた。歩く速度が他の人よりも速いのだろうか、他の登山者の方々を追い越す時に狭い山道の脇に避けてくださるのが申し訳なく、ありがたかった。逆に、登山者が下ってくる時には、極力脇道へ避けるようにした。

 落ち葉を踏みしめて歩くと、落ち葉を押しのけて可憐なミスミソウや紫色のショウジョウバカマの群れに出くわす。余り目立たないように咲いているものだから、飛ばさずにゆっくり歩こうと思う。昨年、雨に濡れたイワウチワやカタクリの艶やかな姿も美しかったが、差し込む光のなかあかるく透き通り、潤色に染まった草花の萌芽に迎えられたことの喜びもまた、一入だった。

 ミスミソウの群落で足を止めている方が多く見られたが、可憐な花が咲く姿はまさに早春の風景にふさわしいと思う。別名をユキワリソウ(雪割草)といい、雪解けのあとに春の訪れを告げるように一斉に咲く姿が可愛らしい。花弁の色も、白やピンクだけでなく、黄色、赤紫、青などさまざまなバリエーションがあったり、千重咲きや唐子咲きといった華麗な花形のものもある。

 天候にも恵まれたので、山頂付近の鉄塔の隅でランチ。朝早く起きて簡単にこしらえた弁当。中身は、梅と野沢菜などを細かく刻んでおにぎりにして、卵焼きと焼いたハムで包んだもの。ブロッコリーやアスパラなどの野菜。ベーコンや玉ねぎを炒め、トマトや卵を入れた春雨スープ。腹ごしらえした後は運動も兼ねて、ピストンせずに反対側の別ルートを寄り道することに。下山したら熱い温泉に浸かるのを楽しみにしつつ。

 ***

 ここ数日、鞄に入れて持ち歩いていた、ブルース・チャトウィンパタゴニア河出書房新社、2017)を読了した幼少期、祖母の家にあったブロントサウルスの皮(船乗りであるチャーリー・ミルワードが、チリ領パタゴニアラストホープ湾付近の洞窟内で発見したもの)に興味を惹かれる。やがて、ブロントサウルスではなくミロドン(巨大なナマケモノの皮と判明することになるが、パタゴニアへの興味は一層募り、その皮の起源を辿っていく話。

 1914年のパナマ運河開通以前、パタゴニアは太平洋と大西洋を行き来するための航海路だった。マゼラン海峡をめぐる命懸けの航海はひたすらにドラマティックであり*1堀江敏幸が『パン・マリーへの手紙』で書いたような、「運河」における自然と人工が一体化した独特の佇まいというものは感じられない。しかし、単なる過酷な旅の行程を描くのではなく、ところどころにユーモアのあるエピソードを挿みつつ、ここまで知的好奇心に訴えかける筆致で展開していく小説というのは類稀であるように思える。

 それにしても、ボートがマゼラン海峡に入ったあたりのランチが面白い。「スープ、缶詰のサケ、ゆでた羊とウサギ、「ろくでもない中身の」ゆでたジャムロール、そしてコーヒー」(274)――裸で歯をガチガチと震わせながら、神に航海の無事を祈りながら食べるこのランチ、想像するに究極の一瞬ではないだろうか。

パタゴニア (河出文庫)

パタゴニア (河出文庫)

 

 

*1:漂流と災難を繰り返す、この一連の航路は複雑で奇妙な線を辿る。偶発的であり、かつ虚構的である。たとえば、梅棹忠夫は『「中洋」の国ぐに』で、「中洋」(西洋と東洋のあいだの広大な地域)は文化の多様性を有しているが、西洋と東洋を行き来するうえで単なる通過点として忘れ去られてしまうと指摘している。イギリスからブエノスアイレス、XからYという地点まで直線で結ばれるのではなく、漂流という負の事象が作り出す奇妙な線の捩れこそが、「距離ではなく実質」であることの豊かさを指し示すように思える。

エビ中のピアノアレンジ動画

 拙い演奏で恐縮ですが、エビ中こと私立恵比寿中学の楽曲をピアノ用にアレンジ・演奏した動画をYoutube上に3曲アップロードしています。

 

youtu.be

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 昨日気付いたのですが、いくつかコメントも頂いていたようでありがとうございます。本当に個人的な趣味の延長でしかないので、アップロードするかどうか迷ってはいたのですが、楽しんでくださる方がいらっしゃって良かったです。

 クラシックピアノをやっていた人間なので、どうしてもこういう弾き方になってしまいます。特に「泣いてしまった」というコメントを頂いて、子どもの時から学校でピアノを弾くと女子が泣き出してしまったことがあったのを思い出して、腑に落ちました。バラード調のアレンジが得意なんだろうと自覚しているので、しっとりとバラード調にアレンジするのが向いているのかなあ、と思います。(楽譜に音を落とし込む作業は数学的な計算に似ていて、あまり主観が介在しない行為であるので、先日のエントリの話(文学作品は本来、書き出しと終わりが絶対的に疑いようがなく定められていて、中身は論理的演繹の産物にすぎない)とも共通するのだろう、と思ったりしました。)もともと、幼少期からドビュッシーラヴェルなどのフランスの印象主義作品を好んで弾いていましたので、弾き方やアレンジなど多くの面で影響を受けていると思います。

 いまのところは実験的にエビ中のアレンジ動画だけを載せていますが、もともとは学生時代にナンバーガールの「透明少女」や「OMOIDE IN MY HEAD」、椎名林檎の「モルヒネ」「ギブス」「ポルターガイスト」などを自分流にアレンジしたのがきっかけでした。ナンバガは(エビ中と同じで)そもそもピアノ用楽譜が存在しないので、コードから作り込むのが大変だったのを憶えています。)勿論、ナンバガや林檎さんの曲は、たいていピアノで弾けます。(高校の文化祭でも、バンドの一環で、「透明少女」「真夜中は純潔」「正しい街」「茎」などを弾いたりしていたので。

 ちなみに、アレンジ動画のうち、「スターダストライト」だけはピアニストをしている友人の家で録らせてもらったものです。ヤマハ製のグランドピアノを弾かせてもらいました。(ほかの2曲については、自宅にあるカワイ製のアップライトを使っています。)歴然たる音色の違いがお分かりかと思います。この時がいちばんきれいな音で録れました。ただ、友人の家のピアノ椅子が妙に軋むもので、耳障りな音が入ってしまっておりますが……。

 じつは、「なないろ」(バラードver.)も1年くらい前にアレンジして弾いていたので、需要があればそのうちアップロードしたいと思っています。

大江健三郎『文学ノート』

 今年の冬は例年に比べて一段と寒く、雪も降り積もって車で遠出もできない。仕方ないので、近くの古本屋で大江健三郎『文学ノート』(新潮社、1974年)を購入し、おとなしく家で読み耽る。

 第4章の「作家が異議申し立てを受ける」で、音楽・演劇・文学などに共通している「時間軸としての想像力の効用」ということを述べている。音楽では、楽譜の最初の音譜が現実の音を与えられ、最終の音が響くまでにある時間のduréeがあり、それを支えるのは演奏家と聴衆の想像力である。生命がある時間のduréeである以上、演劇や文学も同様であり、想像力こそが生きた意識のduréeとする力として、生命の根柢に存在する。

 もし、ある課題の設定があり、次にその結論があるのみとすれば、人間の営為はコンピューターの一活動と変わらぬのではないか? と大江の論は展開する。小説の書き手の内部で生じるduréeが他者にとって全く意味をなさないのも、我々にとってコンピューターの運動が数字の束でしかないのと大して変わらない。

 「課題の設定」とは即ち仮定であり、吾輩が猫であったとしても、あるいは朝起きたら巨大な毒虫に変貌していたとしても構わない。その仮定が疑いようのない絶対的な公理となる。その公理から結部へと論理的に演繹していくという一連の作業を要すのであり、その論理性の演繹において、いわば「不自由における自由」を得ることができる。「書き手の内的空間におけるdurée」などというものは、音楽が音に限界づけられることによって宇宙的な拡がりをもたらすように、あるいは演劇がうごきによって拘束されることによって比喩的な増殖をもたらすように、書き手の場合も言葉の規則性によって縛られることによって初めて成り立つのだろう。

 たとえば、グレゴール・ザムザ多和田葉子の新訳によれば)「ウンゲツィーファー」のごとく変貌したとしても、なぜ変身したかを問うことは凡そ意味をなさないのではないか、と個人的に思っていた。何で、と問うのではなく、変身という事実をまずは認め、そのうえで言語の論理的演繹の運動に身を委せるべきなのではないか。与えられた条件のもと運動する言葉の芸を見届け、そこで示された一連の行為を追認すべきなのであって、Xという仮定そのものにとらわれている場合ではない。『文学ノート』(大江)にも、「何を書くかということよりも、書く行為自体が重要である」という類のヘンリー・ミラーの発言が紹介されているが(ミラー流にいえば、書くという行為こそが「太陽神経叢」[第3チャクラ]に係わること)、ミラーも書き手と書くという行為とのあいだにある「開かれた作用」の可能性を信奉していたのだろう。

 そもそも、「何か」にあたる部分を厖大な研究成果であきらかにしようと試みたものについては、書き手にとっては至極迷惑な話でしかないのだろう、と昔から思っていた。それを「解釈」といってしまえば一見まともに思われるが、解釈というのはもっともらしければもっともらしいほどもっともらしくない、ということもある。ニーチェが、真理と誤謬は同じものだというような旨のことを言っていたのを思い出す。

H29-3漢検を終えて

 先日、平成29年度第3回の漢検1級と準1級を受験した。じつは、準1級は既に持っているのですが、せっかく漢検1級の勉強をしているので高得点を狙えればという思いで受験した。が、至るところでミスを連発、自己採点したところ170点程度。ボーダーは一応超えたものの、余り意味のない結果となってしまった。

 肝心の漢検1級の方も、ケアレスミスは思ったほど生じなかったが、難問に手こずってしまった。(無念にも合格には手が届きませんでしたが、自己採点どおりなら152点なので、少しずつ合格に近づいてはきている!)対類、文章題が殆ど出来なかったのが悔しい。「礼楽刑政その極は一なり」なんてどれだけ頭を捻っても出てこなかった。『中国古典名言事典』を繙くと、礼楽と名の付く諺は割と散見されるのですが。(「礼楽は斯須も身を去るべからず」「礼楽は天地の情に偵り」「礼楽は徳の則なり」等々)こういう問題について、現時点で私の勉強法ではカバーできないので(そもそも、こういう1級配当漢字でない「四字熟語」は捨ててしまっているので、「四字熟語」という観点でもカバーできなかった)、今後はこういう盲点をどれだけ潰せるかにかかっていると思う。

 さすがに3回目の受験ということで四字熟語15問中14問をカバーできたのは幸いだったが、唯一外した「気韻静動」(そもそも「韻」は準2級配当漢字ですし)については、完全に盲点であって、現在の私の勉強法ではカバーできなかったと思う。とはいっても、他の設問は全て合っていたので、唯一残った「せいどう」から推測可能なレベルだったので、それはそれで悔しい。そういえば、1回目で「余韻嫋嫋」が出題されていたので、そのときに「韻」つながりで頭に叩き込んでおけば案外カバーできたかもしれない。

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 余談だけれど、最近、仕事でとある記者の取材を受けた。取材後の雑談で、時事や出版の話などいろいろできて、非常に楽しかった。相当マニアックな話になって、「何でそんなこと知ってるんですか」と言われたりした。「〇〇さんみたいな公務員の人は初めてお目にかかりました」とまで言われた。「そもそも公務員に向いてないんだと思います」と自虐的に笑って返した。

 記者の方と話していると妙に共感するのは、「言葉」に対する考え方の違いなのかもしれない。記者は文章で生計を立てており、言葉はなまものであるという認識が潜在的にあるのに対し、公務員という世界の人間は、どうも言葉を堅苦しく規律化されたパターンのように捉える節がある。言葉は意味だけで成立するわけではなく、意味を引いた時に何が残るかこそが重要なので、素人が言葉を意味だけにとらわれて簡素に繋ぎ合わせようとするとスリップして大事故に至る恐れもあったりするのは目に見えているが、そういう認識すらない人が多いことに驚きを隠せない。つまり、私はいま、言語の蓋然性を尊重しない世界に在る、と堅苦しくかつ率直にいってそういうことなんだろうと思う。条文のような無味乾燥な言葉よりも、最前線の事件を暴き出そうとする言語のテンションに軍配は上がるだろう。

 先日、某庁の公印を見た時に、それがダリの「内乱の予感」という絵にしか見えなくなったことがあった。篆書の「文」は、引き延ばされた乳房に酷似している。それで、白川静の「常用字解(第2版)」で文という字を調べてみると、死者の霊が死体から外へ出ていくのを防いで死者の復活を願い、また外からの邪霊が憑りつくことを防ぐものであり、元々は胸部に入れる文身(入れ墨)の意味であったと書かれている。「文」の中央に心臓を書いたり、✕を書いたり、Vを書いたりしたという。爽(あきらか)、爾(うつくしい)、奭(あきらか)なども、この死体に施す入れ墨から派生した語だった。

 アリストテレスが喜劇よりも悲劇を重視したように、言葉の歴史などを繙いていくと、決して綺麗事ではなく、物凄く不気味で、どろどろしたところに繋がっていく。そこに真実味がひろがっている気がして、調べるのが止められなくなる。たとえば「人」という字も、決して「人と人が支え合う」などという綺麗事を意味しない、ということも教えてくれる。新聞記者の方との取材は、仕事のこと以外にも、そういったことを思い起こさせてくれるものだった。