Cashew books

本を貪るのは好物のカシューナッツを食べるのに似ている

内田百閒傑作集(東芝EMI)

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 東芝EMIから2006年に発売された内田百閒傑作集。内田朝雄の渋くて落ち着いた声が百閒の世界観にマッチしていて、何ともいえない。その一から六まで全て耳を通したが、その四の「昇天」の朗読だけは別格だという気がする。何十回と繰り返し聴いて、もはや暗唱できるくらいである。部屋の灯りを消して、暗い静かな環境のなかで耳を澄ますと、何回聞いても恐怖で身の毛がよだつ。

 「冥土」は短くてあっという間に終わってしまうが、「昇天」の方は中篇作品なので、怪談話として聴くにもちょうどいい長さのものという気がする。抗うことのできない非合理的な力が働いているという点で、ブッツァーティの「七階」という短篇を想起するが、「昇天」の方は宗教の信仰の問題も絡んできて、どちらかといえば東洋的な死が描出されているのではないかと思う。それに、他の作品に比べて固有名詞が少ないため、自分の身近な世界の話をされているのではないか、という錯覚にも陥る。

 惜しむらくは、ちくま文庫の百閒集成3にもある「笑顔」(「昇天」の補遺にあたる)がCDに収録されなかったことである。