Cashew books

本を貪るのは好物のカシューナッツを食べるのに似ている

パンとホイップとチョコの三位一体――ニシカワパン「アベック」

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 加古川市のニシカワパンは、菓子パンの宝庫。花をかたどった「にしかわフラワー」を始め、白あんメロンパンやサンライズ(西日本では、円形のメロンパンをサンライズ、楕円形で白あん入りのパンだけをメロンパンと称する風習がある)、チャーミーやバッファローやへそパンなど甘党には堪らないパンがたくさんあるけれど、個人的に最も好きなのがこの「アベック」。

 円形のパンを2つに切り、その間に大量のホイップを絞り、さらにその上からチョコレートをふんだんに載せる。ミルク味の濃厚なホイップなのに、驚くほど口当たりが軽く滑らかで、フワッと口の中で溶けて無くなる。チョコレートも苦みのあるビターではなく、甘みのあるミルクチョコレート。甘党へのダブルパンチである。

 ただ、問題はここから。なんと、基礎となるパン生地についてもカスタードが織り込まれており、ブリオッシュ風に仕上がっている。実のところ、生地自体はパサパサとした食感で、パンだけをちぎって食べてみても美味しいとは思えなかった。しかし、パン生地がチープだからといって、すぐに悲観的になるのは間違いである。というのも、口を大きく開けてパンとホイップとチョコの全体を頬張ったときに、それぞれのチープな魅力が何倍にも引き立つのである。(というか、パン食の愉悦はその総合評価の部分にあるのではないかと思ったり。)

 チープな魅力、というのはもちろん褒め言葉である。これだけ材料をふんだんに使っているにもかかわらず、140円という安価な価格設定で売り出しており、背伸びしているところは何もない。これがケーキならば、最低でも倍以上の金額は取られるだろう。

 そもそも、パティシエが同じ材料でケーキを作るとすれば、全く違う作品に仕上がるはずである。「ケーキ」として成立させる幾つかのルールやコードがあるが、「アベック」の場合、「ケーキ」という方向へ美化される幾つかの要素を、チープさによって上手く回避している。即ち、「ケーキ」というジャンルにおける産物ではなく、紛れもない「パン」なのだ。

 大学時代、雑誌で頻繁に取り上げられていた有名なブーランジェリーで、濃厚なカスタードクリームが挟んであるクロワッサンを食べたことがあった。たしかに頬が落ちるほどに美味しいのだが、雑誌で高い評価を受けているほどには、そのクロワッサンが絶品だとは思えなかった。それが何故なのかということを考えてみると、その理由は、「パン」であることから遠く離れてしまい、パンから「ケーキ」のフィールドへと移行してしまったように思えてならなかったからなのかもしれない。(パンの庶民性――、パンを考慮する上で重要な要素である。)ブーランジェリーの看板を掲げていながら、これはブーランジェではなくパティシエの仕事ではないのか。納得できなかったのは、その寂寥感だったのかもしれない。

 今の時代、パティスリーへ行かずとも、コンビニでも実に手軽に本格的なスイーツを味わえることができる。ひと昔前では考えられなかったようなこういったスイーツ革命を前にして、いっぽうで「果たしてそれは進化といえるのか」という疑念、クラシフィケーションへの疑念が頭を擡げてくるのも事実である。たとえば、茶色いモンブランばかりが横行しており、栗の甘露煮の載った黄色いモンブランは姿を消したように見えるが、この状況を「進化」と称するには、どうしても何らかの抵抗を感じざるを得ない。

 パン、ホイップ、チョコーー。この3つの要素を上手く融合させ、三重奏というトライアングルを実現するのは困難であるように思える。「チープ」であるということの枠内において、ここまでの滑らかな口溶けを生み出し、パンとホイップとチョコの一体感を実現させたことは凄いと思う。幼い頃に駄菓子屋で食べた、50円のパサパサしたチョコケーキの味を思い出させてくれる。

 アベックという死語(?)が未だに冠されているこのパン、非常に懐かしい気分に浸れるので、是非おすすめしたい。値段もお手頃だし。