万有回

主に趣味の読書について綴っていければと思います。「昭和の残り滓」といわれる世代。

魚喰いの大間んぞく@大間

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 下北半島をドライブすることになり、本州最北端・大間の碑まで辿り着く。早朝にもかかわらず、既に数名の先客がおり、記念写真を撮っていた。自分たちも、せっかくなので真似してみることに。といいつつ、じつは、「記念写真」というのが、(風景と人物を同時に凡庸化する装置のようにも思えて)「観光写真」とかいうのと同じくらい、昔から苦手なのだけれど。

 勢いよく風が吹いていて、あやうく帽子が飛ばされそうになる。こんなに強い風にも動じない、一羽のセグロカモメがいた。近寄っても逃げ去ろうとせず、妙に人懐っこい。「H6」という識別番号が左足に装着されていたのを認めた途端、「ロク」という情報が名とも数字とも付かない、曖昧で不定形の情報としてインプットされてしまう。

 碑の向かいにある、「魚喰いの大間んぞく」という店へ。せっかくなので、豪勢に3色マグロ丼を注文する。もう、昼からは何も食べないと誓いながら。

 丼には大トロ2枚、中トロ4枚、赤身4枚が盛りつけられ、まるでマグロの山がいまにも噴火しそうな勢いだった。トロの身はピンク色に光り輝き、冷凍マグロのそれとは雲泥の差である。まずは、醤油や山葵をつけずに口に運んでみる。舌の上に載せただけで、脂がとろりと溶け出し、濃厚な旨味がひろがっていく。大袈裟ではなく、どのような味か、それを意識しようとした瞬間に、もう舌から消え去っていた。中トロであれば、まだ味覚の中に収まるので、どういう代物かを表現できる意識はあれども、大トロの場合はたやすく旨味の臨界を超えてくる。

 心臓の煮付けと胃袋の酢味噌和えも注文する。どちらも市場には出回ることのない珍味である。赤い心臓部は、牛肉のステーキのような食感にレバーのような濃い味。白いポンプの部分は、ホルモンとかガムのように柔らかく噛み応えがあり、旨味が凝縮されているので、噛めばかむほど体内に力が湧いてくるよう。このポンプが、旨味といい味付けといい、卒倒するくらい美味しかった。また、胃袋のほうは、軟骨に近いようなコリコリとした食感で、酢味噌も美味しかったが、できれば刺身で食べてみたいと思った。

 お店の奥さんとマグロの内臓にかんする話をしていたところ、ありがたいことに冷凍した心臓と胃袋を見せてくれた。このまま刺身でも食べられるけれど、心臓は流水で手揉みして血合いを抜いて煮付けにしたり、胃袋は皮を剥いでから酢味噌で味付けして食べたりすることもあるらしい。あまりにも貴重な部位なので、現在、手に入らなくなっており、知り合いに頼んで購入しているのだという。たしかに、マグロ漁師はマグロの心臓を神饌として御神前にお供えすると、子どもの頃に何かの本で読んだのを未だに憶えている。

 マグロの余韻に舌鼓を打ちながら店の外へでると、窓際に二匹の猫がいた。こちらの猫もカモメと同じで、近寄っても動じようとせず、光の差すほうを眺めている。もしかすると、大間のマグロが餌で、それを食べているからここまでタフになれるのだろうか。そのようなことを考えながら、大間崎を振りかえれば、偶然にも「H6」らしきものが羽をひろげて鳥立ちする瞬間が見えた。

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