万有回

主に趣味の読書について綴っていければと思います。「昭和の残り滓」といわれる世代。

遠野の産直にて

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 2週間ぶりの休み。職場でお世話になっているT庁の方(仮にT氏とする)をお誘いし、遠野までドライブする。あいにく大雪の日で、恐るおそる凍結した路面を走る。T氏は窓から車を眺めながら、「このあたりは皆スタッドレスですね、都会ではスタッドレスなんて金持ちしか持っていないですよ」などと言っていた。

 産直では、鷹の爪、暮坪かぶ、カシス雲(カシスの濁醪、プリン(低糖質!)を購入。鷹の爪はなんと1束100円、泡盛に入れて自家製コーレーグースを作ろうと思いたつ。T氏を探しにいくと、帆立と牡蠣の水槽を眺めていた。おおっ、こんなに大ぶりな帆立や牡蠣は見たことがないぞ、と驚いていたので、牡蠣も4枚買うことに。

 暮坪かぶはいっけん青首大根のような見た目だが、実際に食べてみると紛れもなくかぶの風味そのもの。しかし、大根おろしとは較べものにならない辛さで、心地よく爽やかな刺激に満たされる。「美味しんぼ」という漫画に究極の薬味としてとりあげられたことで有名らしいけれど、たしかに「かぶ」でありつつも立派な薬味として成立していて、唐辛子やワサビにも引けを取らない辛さが癖になる。手打ちしたそばがあったので一緒にT氏に差し出したところ、かぶと思って油断していたのだろうか、急に噎せてしまい、鼻を押さえていた。が、美味しいと言いつつ、結局はすべて平らげていた。

 「カシス雲」というカシスのどぶろくもT氏に差し出したところ、怪訝な表情で口に含んだ後、驚いた様子で「おっとりとした味ですね」と言った。「米麹が原料というわりには思ったより濃厚じゃないかもしれない」と言ったので、「でも、原料は米ですよ。米とカシスと林檎、米とフルーツですよ。この組み合わせ凄くないですか」と訊いてみると、ゆっくり口に含んで味わいながら、不思議そうに頷いていた。

 牡蠣のほうは、残念ながら火を通しすぎてしまい、少し硬くなってしまった。「少し硬くなってしまいましたね」と謝ったが、「いえ、美味しいですよ。こうやって牡蠣を殻のまま焼いて食べること自体あまりないので」と言っていた。「変化球ですけど、これもかけるとまた違った味になって美味しいんです」とクラフトの粉チーズを差し出してみたが、笑いながら遠慮して、残念ながら試してはもらなかった。

 ほろ酔いになったT氏と、仕事の話をした。「百川さんが1人で全部の仕事をやっていて、羨ましいです。なくてはならない存在というか、それはすごい幸せなことだと思いますよ。百川さんがいなくなったら、この部署はひっちゃかめっちゃかになるでしょうね」ということを突然言われたので、どきっとした。「いえ、私なんかがいなくなっても変わりませんよ、Tさんに教わることが大きすぎて」と言うと、「いや、私は駒にすぎないので」「駒?」「本当に羨ましいんです。都会だと、人間って単なるチェスの駒でしかないので」とのこと。笑って受け流したが、日常会話のなかで、不意に「駒」ということばが出てきたのに若干、戸惑ってしまった。

 たしかに、学生から社会人になり、人間関係は友情よりも利害を重視するあまり、さらっとした人付き合いにとどまってしまうのかもしれない。「駒」であるという意識だけで、責任感をもって職務を全うするのは、余りに精神的な負担が大きいのではないか。T氏は、私が抱え込んだ仕事をよく手伝ってくれたが、全く嫌な顔ひとつしなかった。おそらく、そこに自身が人間の駒であるという意識は介在していなかっただろうし、有意味であるということにおいて協力してくれたのかもしれない。

 先日、古本屋で買った『菜根譚(今井宇三郎訳注、岩波文庫を読みながら、次の文章が気になった。

 好動者、雲電風燈、嗜寂者、死灰槁木。須定雲止水中、有鳶飛魚躍気象、纔是有道的心體。(45)

 人間は動かない雲や流れない水のような心境と、鳶が飛び魚が躍るような溌剌なありようの二面性を兼ね備えてこそ、真に道を修得することができる。灯火は激しく揺れ動けば消えてしまうし、逆に何もしなければ火が消えて灰になってしまう。一方的に動にすぎても、静にすぎてもいけないというのである。ともすれば、ゆとりの趣きが必要とされるのは、むしろ激動の時代にあってこそだろう。穏やかな世界にあってゆとりに甘んじることは、灰になることでしかないのだろうか。