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万有回

主に趣味の読書について綴っていければと思います。「昭和の残り滓」といわれる世代。

餃子の湯気

f:id:momokawataro:20160723203612j:plain ――餃子とビール。この組み合わせで晩酌をすることが、休日の愉しみになっている。
 夕方、贔屓にしている店に餃子を取りに伺うと、既に餃子を袋に包んで待っていてくれた。焼きたてで熱いから火傷しないでね、と店主が丁寧に声掛けしてくれる。ビニール袋を持つ掌に、温かい湯気が上ってくるのが分かる。夏だというのに妙に肌寒く、半袖で出たことを後悔していたので、その温かさが丁度良いくらいだった。
 ちょうど、すれ違いざまに老夫婦とおぼしき二人が店に入った。餃子を注文したが、申し訳ないですが今日はもう売り切れてしまいました、と店主から言われていた。あら残念、他にどういうメニューがあるのかしら、と女性が訊くと、後は焼鳥だけですね、一人分で5本、と店主が言う。店の窓からは、最後の予約分の餃子なのか、餃子を焼き上げる湯気が隣の寺の境内のほうへ噴き出し、香ばしい匂いを放っていた。仕方ないと諦めたようで、老夫婦は何も食べずに店を出て、夕日の光を受けた坂を上っていった。
 小学生の時分、学校から帰宅すると、ふだん料理のしない祖父が一度だけ餃子を焼いてくれたことがあった。物静かで穏やかな性格で、亡くなる半年ほど前のことだった。太平洋戦争時、航空整備に尽力した思い出を専門用語を交えながらよく話してくれたが、祖父の話の内容を、残念ながら今ではほとんど記憶に留めていない。院線・省線、という古い言葉も祖父がよく口にしたのを憶えてしまったもので、「の」の字を描いて図解してくれたりもした。分かりやすく喋ろうとしてくれたのは分かったけれど、祖父特有の弁論術には簡明に表現しようとすればするほど意味が錯綜してしまう癖があって、理解の困難さという点では、まるで某出版社のジュニア新書みたいな具合だった。
 もっとも、なぜその時、突然、祖父が餃子を作ろうとしたのか定かではない。派手な料理は一切好まず、粗食の好きな人物だった。慣れない料理のためか、祖父がフライパンの餃子の上の蓋を取った時、時は既に遅かった。パチパチという油のはねる音とともに、大量の湯気が噴き出してきて、一瞬で祖父の眼鏡が曇った。皿に盛りつけられた餃子は、表面はつややかで美味しそうだったが、底が黒く焦げてしまっていた。
 ああ、失敗失敗、俺は料理が下手だなぁ、と頭を掻きながら恥ずかしそうに笑う祖父。焦げたところは食べるな、病気になるぞ、と祖父は優しく注意してくれたが、餃子の底の焦げたところも美味そうに頬張っていた。あの時の悦に入る顔と、酒で餃子を押し流すときの喉仏のうごきが忘れられない。真似して焦げた部分を食べようとすると、何度も「焦げたところを食べると身体を壊す」と注意してきて、会話と行動が矛盾しているのが面白かった。祖父から言われて記憶に残っている言葉は、「暗いところで本を読むと目が悪くなる」というのと、この言葉の二つである。
 帰宅して餃子を皿に盛りつけると、今日もまた良い具合に焼きあがっている。厚めの皮は弾力があり、ぷつんと噛み切ると、中の断面には細かく刻んだ白菜や葱の塊が現れる。安価でこの量と手間、サービス精神旺盛。豚挽肉の油っぽさもないので、次から次へと箸が止まらなくなる。ビールで餃子を嚥下すると、何とも言い難い喉越しで、日々の疲れが洗い流される気がする。
 やはり、休みの日には、ゆっくりと好きな時間に好きなものを味わいたいと思う。